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鹿児島の市電と桜島

私がいつも通勤に利用しているバス停近くから撮った桜島

鹿児島の街と桜島

 桜島の雄大な姿は、鹿児島に住む人々の日々の生活の中に自然と溶け込み、人々と哀歓を共有して様々な顔を見せてくれます。

  いじめっ子に泣かされて、おうちに逃げ帰る途中で振り返ったら、小山の向こうに大きな大きな姿が見えて、「しっかいせんか、もう泣かんでよかが」と励ましの声を掛けてくれるかもしれません。

 彼女に振られた日、自動販売機からゴロンと転がり出て来た缶ビールを立ち飲みしたら、ビルの谷間から「くよくよすんな、良かおなごはどしこでんおっが」と慰めの言葉を掛けてくれるかもしれません。

 少し息継ぎをして泳げるようになった我が子の嬉しそうな笑顔を見て、私と一緒に錦江湾の対岸から「よかふじゃったど」とほめてくれるかもしれません。

 しっぽのたれた老犬を伴って坂道をゆっくり登って行ったら、ポッカリ浮かび上がって来て、「おやっとさあ」と挨拶してくれるかもしれません。

桜島が使う鹿児島弁はクマタツさん(「わたしのブログ」運営)から助言を得たものです。


鹿児島の市電と桜島

武之橋電停付近  2006年2月初旬
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武之橋電停付近2  2006年3月下旬
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市電の1系統に乗り、新屋敷から武之橋の電停辺りに差し掛かりますと、車窓から雄大な桜島を見ることが出来ます。
 なお、1993年8月6日の大水害以前には、桜島をバックにして甲突川に架かる五連アーチの立派な石橋の武之橋も見ることができましたが、残念ながらその大水害のために流失し、いまはその豪壮な姿を見ることは出来ません。
 3月の下旬になって桜が開花し始めていましたので、桜島と桜と市電を一枚の写真に収めたいと思い、武之橋電停で降りて撮影をすることにしました。しかし、甲突川河畔に咲いている桜の大半はまだ三分咲き程度でした。それでも、甲突川沿いの公園では、たくさんの花見客がビニールシートを敷いて楽しそうに花見をしていましたよ。

鹿児島駅前電停付近
2006年1月下旬
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鹿児島駅前電停付近2
2006年2月初旬
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 鹿児島駅のある小川町は、江戸時代に賑わった「和泉屋町」の一部だそうで、明治34年(1901年)に鹿児島・国分間に鉄道が開通すると、鹿児島駅前商店街として新たな賑わいを見せたそうですね。しかし、いまの鹿児島市の陸の玄関は鹿児島中央駅であり、鹿児島駅周辺は昔のような賑わいはありません。  鹿児島駅前電停の近くにある「レインボウベル」と桜島とを撮った写真です。この「レインボウベル」は、鹿児島市が1999年3月6日に上町地区の新しいシンボルとして建設したものです。虹を連想させる8.7メートルのステンレス製モニュメントと、その先端に取り付けられた24個の鐘、それと噴水とを組み合わせた憩いの広場「太陽の鐘」の愛称です。

中塩屋歩道橋の上から
2006年2月初旬
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神田電停付近
2006年2月下旬
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 専用軌道を走る市電をデジカメで撮影しようと谷山電停近くを上塩屋電停の方に歩いていたときのことです、「中塩屋歩道橋」が目に留まりました。それで、この歩道橋の上から走っている市電を撮ろうと階段を登りましたら、なんと桜島がぱっと視界に飛び込んできました。桜島は、意外なときに意外な場所で突然その姿を私たちに見せてくれますね  たばこ産業前電停から神田電停へと歩いていきましたら、花電車がやってきましたので撮影しました。なお、桜島の前のフェンスは、解体されたばこ産業(JT)の広大な工場跡地を囲っているものです。たばこの需要が喫煙の規制強化や増税のため減少し、たばこ産業の鹿児島工場は2005年3月末に閉鎖されてしまったのです。


工学部電停付近 
2006年2月中旬
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 鹿児島大学の稲盛会館から山の右半分を見せている桜島を超床車のユートラムと一緒にを撮りました。稲盛会館は、鹿児島大学工学部の卒業生である稲盛和夫氏(京セラの名誉会長)の寄贈で建てられたもので、科学技術を中心とする知的交流促進の場として1994年10月31日に竣工しています。
交通局前電停と荒田八幡電停の中間点
2006年4月中旬
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 交通局前電停から荒田八幡電停へと歩いて行きますと、電車通りと中洲通りとが交差する地点で東の方向に桜島が現れて来ます。なお、写真左側の一風変わった形の緑の屋根の高いビルは20階建てのストークマンション鹿児島です。

鹿児島中央駅前付近
2006年4月上旬
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 アミュプラザ鹿児島6階から噴煙を上げる桜島を撮影しました。東に聳える桜島の方向にまっすぐのびている緑の街路樹におおわれた大きな通りがナポリ通りです。このナポリ通りの街路樹は常緑樹のクスノキですが、もともと亜熱帯地域に生息する樹木ですから、一年中ずっとこの通りは南の国の雰囲気を漂わせています。
 なお左下に「若き薩摩の群像」が写っています。幕末に英国に留学した薩摩藩の青年藩士17人をモチーフにして中村晋也が制作したもので、森有礼、五代友厚、寺島宗則など後に日本の近代化に業績を残した人物たちの群像です。
新屋敷電停付近
2006年4月中旬
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 新屋敷電停は、電車通りがナポリ通りからパース通りと続く広い道路と交差する地点近くににあります。市立病院の横に架かっている大きな歩道橋から眺める景色はなかなかのものがあります。
 左の写真は、その歩道橋から撮ったものですが、新屋敷の交差点から東北東の方向にのびている大きな道路と東に聳える雄大な桜島が写っています。広い道路はパース通りで、鹿児島市がオーストラリアのパースと姉妹都市盟約をしたことを記念して名づけられています。また右手にある大きな建物は鹿児島中央警察署です。

 
獅子文六と桜島

 書店の目立つところに河出文庫から出された獅子文六『ちんちん電車』(2006年4月)が大量にどーんと平積みされて置いてありましたので、作者と書名からその文庫本をすぐに購入しました。

 私が子供の頃、獅子文六((1893-1969年)は非常な売れっ子作家で、新聞の連載小説やラジオ放送、さらには映画などで獅子文六の名前はいつも目や耳に入って来ていましたし、中学校のときには文庫本になっている『悦ちゃん』『胡椒息子』『おばあさん』『てんやわんや』『自由学校』『青春怪談 』等を購入して愛読していたものです。

 そんな作者が「ちんちん電車」すなわち路面電車について書いた本ですから、前から古書店で探して購入したいと思っていました。今回の河出文庫の『ちんちん電車』の奥付を見ますと、1966年に朝日新聞社から単行本として出されたものを新たな文庫化したようです。

 単行本として出版された1966年といえば、日本でもモータリゼーションの進行が始まった時期であり、1960年に大阪市電の港車庫―大阪港間が廃止されたのを皮切りに各都市の路面電車の部分廃止が実施され、東京都でも1963年に杉並線が廃止されました。

 ですから、獅子文六は『ちんちん電車』のなかで、「ちんちん電車」の便利さ、素晴らしさを力説するとともに、「曾ての東京の交通機関の王者もついに、路上の邪魔者扱いをされる時勢になったが、直ちに同調できぬ理由を、私は山ほど持ってる。"ちんちん電車"よ。まだ、まだ、君は働ける。遠慮しないで、まだ、まだ、走ってくれ」と言わざるを得なかったのですが、その願いも空しく、1967年には銀座線が廃止され、ついに1972年には荒川線を除いて都電は全面廃止されてしまいました。

 自ら『ちんちん電車』という本を書いたほど路面電車が大好きな獅子文六ですから、彼が鹿児島の街を舞台にして書いた「南の風」(1941年に朝日新聞に連載)という小説の中でもきっと鹿児島の路面電車が元気に走っているだろうと思い、古書店で同小説が入っている『獅子文六全集』第3巻(朝日新聞社、1968年8月)を購入してみました。

 獅子文六は「南の風」には、嬉しいことに桜島のことをつぎのように書いています。


「朝に、夕に、晴に、曇に、終日七彩を変えるというこの島は、あるときは豪宕に、ある時は幽婉に、その変化究まりないが、特に著しい印象は、かの勤皇の志士がおのれの胸中に比べたように、底に燃ゆるものの烈しさである。こんなに気魄をもった山は、滅多にない。平野次郎が詠んだ頃とちがって、今では、駝鳥の羽毛のような、軽い白煙を吐いてるに過ぎないが、一度怒れば天地晦冥、黒雲一万メートルの空に冲して、熔岩大隅の海を埋める猛威を振うことは、大正三年の記録によって、明らかである。」

 この小説には、さらに甲突川、加治屋町、照国神社、鶴丸城址、私学校跡、城山、天文館通り、山形屋、塩屋町、上荒田なんて名前もどんどん出てきます。バスの女車掌さんだって登場して来て道案内をしてくれます。しかし、どうしたことでしょうか、なかなか出てこないんです、鹿児島の市電が。小説の後半に夜の市電がちょっと登場しますが、本当にちょっと出てくるだけです。うーんガッカリしましたね。

 後で『ちんちん電車』を読み返してみましたら、「都電なんて、バカバカしくて、乗れないと思った時期があったことは確かである」と書いてありました。うーん、そうしますと、都電のみならず、あらゆる路面電車に対して「バカバカしくて、乗れない」と思った時期がこの作家にはあったのでしようね。1941年に朝日新聞に「南の風」を連載した時もまたそんな時期に相当し、鹿児島の市電なんてバカバカしくて、小説のなかにまともに登場させる気にもなれなかったのかもしれません。嗚呼、ザンネン!!

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