十人十席の噺家の高座  
三遊亭師歌之介師匠の「動物園」

 

  いま落語界では、東京で活躍する噺家でも東京出身者よりもその他の地域の人が多いと聞きます。立川志の輔師匠が富山県、春風亭昇太師匠が静岡県出身、三遊亭白鳥師匠が新潟県出身だということはよく知られていますね。鹿児島県でも、同県出身の噺家として春風亭柳之助、三遊亭歌之介、桃月庵白酒、桂竹丸、林家彦いち等の師匠たちがおり、毎年それら鹿児島県出身の師匠たちで鹿児島特選落語名人会が開かれています。

 なかでも大隅半島の大根占出身の三遊亭歌之介師匠は、鹿児島で高座に上がるときは鹿児島弁で話すことで地元の人気を得ています。DVD「三遊亭歌之介特選落語」(鹿児島市民文化ホールで2010年1月23日収録)でも、歌之介師匠は全10席全てを鹿児島弁で話しています。

 このDVDに収録されている「動物園」も、私は2009年9月22日に宝山ホールで開かれた鹿児島特選落語名人会で歌之介師匠が話したのを聴いているのですが、そのときの演目名は確か「移動動物園」だったと思います。クータラ男が知人に自分の駄目さを自己申告するところや、その男が虎の皮を被って動き回る姿を演じる師匠に大笑いしたものです。

 さて、この噺のDVD版では、まず枕に東京にいてつい鹿児島弁が出てしまった失敗談をネタにして爆笑を取っています。タクシーで「二つ目の信号を右の方にまぎって」 、前に座っている子どもたちに「危ないよ、後ろにすがって」、若い女性に「お嬢さん、一緒に商店街をさるきませんか(歩きませんか)」、靴屋さんで 靴を履いて「がっついです(ピッタリです)」、師匠方に鹿児島の「壺漬け」を勧めて「よくかんだくってください」、よい香りの花を「ちょっとかずんでみて(嗅いでみて)」、タクシーに同乗した女性が寝始めたので「この肩になんかかって(寄りかかって)」と言ってしまったといった調子です。最後の「なんかかって」には、相手の女性が「この人、どうして私に何か買ってとおねだりするのだろうか」と誤解したという解説がついてお客さんは大爆笑しています。

 さて、「動物園」という噺には、若いのに無職のままでいる人物が登場します。知人が心配して、「おまんさぁはよか体格をしとっども、仕事に就いてみようという気持ちはなかっとな」と質問したのに対し、自分は低血圧で朝早く起きられず、力仕事は出来ず、長時間労働に向いていない、責任感はゼロ、喋りは下手、びんた(頭)もパッパラパーだと言います。だから、やれる仕事は朝10時から始まって午後4時でピタリと終わり、昼飯がずんばい(たくさん)出て、昼寝もタップリ出来て、力仕事や人との会話、頭脳労働などはやらないものがいいと答えます。しかし、お金に関しては贅沢を言わない、1日1万ももらえばいいなどと言うのですから、知人はそんな仕事があるかとあきれてしまいます。

 しかし、知人はこんなグータラ男に最適な仕事があることに気がつきます。移動動物園の虎が先月死んだのですが、その皮を被って檻の中をウロチョロウロチョロ歩き回るという仕事があり、昼には肉3.5キロ与えられ、昼寝もたっぷりでき、朝10時に開園し午後4時に終わり、1日1万円で、責任感も必要ないし喋る必要もないから、この仕事をやらないかとグータラ男に勧めます。こうして、グータラ男は移動動物園で虎の皮を被る仕事に就くことになるのですが……

 いまの就職難の時代、若い人たちが自分は一体どんな仕事に向いているのだろうかと迷う暇もなくリクルート活動に追われている現状において、私はこの噺を大笑いしながら聴いた後、芭蕉の「面白うてやがて悲しき鵜舟かな」的な一抹の哀しさをつい感じてしまいました。

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