十人十席の噺家の高座  
立川志の輔師匠の「歓喜の歌」

 

立川志の輔師匠の「歓喜の歌」

  私は、2008年夏頃から三遊亭円生、三遊亭金馬、古今亭志ん生、桂文楽などの昭和の名人の噺が収録されたCDを購入して聴くようになりました。これ らの人たちは、私の子ども時代にラジオでよく聴いた懐かしい噺家たちだったからです。しかし、現在活躍している人気の噺家たちの噺も聴いてみたいと 思うようになり、広瀬和生『この落語家もよろしく』(講談社、2010年6月)を買って調べることにしましたら、その冒頭に出てきた噺家が立川志の輔師匠で、つぎのようなことが書かれてありました。

初心者に『誰の落語を観ればいいですか?』と訊かれれば、僕は『まずは志の輔を』と勧める。落語のことなんてまったく知らなくても心の底から楽しませてくれる、老若男女すべての現代人にとって最も判りやすいタイプの演者であり、奥も深い。笑いもあれば感動もある。『志の輔らくご』は現代日本最高峰のエンターテインメントの一つだ。
 だが志の輔独演会のチケット争奪戦は激烈を極める。
 志の輔は、今、日本で最も観客動員カがある落語家だと言っていいだろう。四百五十席強の渋谷・パルコ劇場で同一プログラムの公演を一ヵ月行ない、全公演のチケットが完売になるのだから、単純計算すると首都圏で一万人を超える動員力があるということになる
。」

 こんな紹介文を読んだら、落語に関心のある人なら誰だって聴きたくなりますよね。それで、アスミックから販売されている志の輔師匠の『歓喜の歌2007』(2007年1月13日パルコ劇場で収録)というDVDを早速購入しました。

 この「歓喜の歌 2007」は新作落語で、2つの異なるママさんコーラスが大晦日に公民館でコンサートを開くことにしていたのですが、名前が「みたまレディスコーラス」と「みたま町コーラスガールズ」といささか紛らわしい名前のため、半年前に予約を受け付けた公民館側が誤ってダブルブッキングさせてしまったことから起こった騒動を描いています。

 この間違い、大晦日前日に公民館の主任の山田さんが気がつくのですが、そのとき「ママさんコーラスぐらいだからよかったよ。これが有名な劇団やオーケストラだったら大変なことになった」と言っているように、「ママさんコーラスなんて所詮は遊び半分でやっているのだろう」というような思いが生んだもののようです。しかし、公民館近くのラーメン屋さんにワンタン麺を注文したのが、誤ってタンメンが届けられ、その誤りの謝罪代わりに後で餃子が届けられたことから山田さんの認識はガラッと変わります。

 ラーメン屋のおにいさんから、こんな気配りしたラーメン屋のおかみさんが「みたまレディスコーラス」のメンバーで、もともとはリフォームのお店を運営していたが、隣でラーメン屋をやっていた彼女の旦那が入院したので、いまは2つの店を掛け持ちで忙しくやっているということを聞かされます。

 こんな話を聞かされた公民館の主任の山田さん、軽く見ていたママさんコーラスに対する認識を大いに改め、自分の犯したダブルブッキングに対する謝罪として「餃子」的なものは何かないかと考えるようになり……。

 うーん、ママさんコーラスや公民館のダブルブッキングなど、いかにも現代にありそうな題材を取り上げ、それを面白おかしくかつ人情味豊かなものに味付けする手腕は大したものです。志の輔師匠がいまとても人気があるという理由が分かったような気がしました。

鹿児島市で聴いた立川志の輔師匠の独演会

 2011年6月17日、鹿児島市民文化ホールで「立川志の輔独演会2011」が開催され、私は妻と一緒に聴きに出かけました。なお、私たち夫婦は2010年の3月18日にも同じ鹿児島市民文化ホールで開かれた「立川志の輔独演会」にも出かけていますが、そのとき志の輔師匠が話したのは古典落語の「猿後家」と「紺屋高尾」の二席で、楽しみにしていた師匠の新作落語を聴くことができなかったのがいささか残念でした。

 さて、昨夜の独演会では、最初に志の輔師匠の弟子の立川志の彦さんが古典落語の「元犬」を話し、つぎに志の輔師匠が高座に上がって新作落語「異議なし!」を話し、中入り後に松永鉄九郎さんが三味線長唄を弾いた後、再び志の輔師匠が高座に上がって古典落語「徂徠豆腐」を話しました。

 志の輔師匠の新作落語「異議なし!」は、板橋ヒルズというマンションで4人だけが出席した同マンション自治会が開かれ、防犯カメラをエレベーターに設置することを議題にして業者を交えてすったもんだの議論をした挙句、結論は何も出ないという、日常社会でいかにもありそうな噺でした。志の輔師匠の新作落語の多くが、この噺と同様に現代の日本でいかにもありそうにことを題材にし、登場人物たちが各人各様の意見を交わしあうのですが、そこに「いまの社会」が風刺されているような気がします。

 古典落語「徂徠豆腐」は、世のため人のためにと学問をしている貧乏学者先生と、そんな彼のために朝昼晩とおから(雪花菜) を届ける豆腐屋さんとの心温まる交流を描いたものですが、志の輔師匠はこの人情噺を会場の笑いが絶えない愉快な噺に作り変えています。

 堀井憲一郎『青い空、白い雲、しゅーっという落語』(双葉社、2009年1月)には、「落語家十人インタビュー」が載っており、そこに志の輔師匠へのインタビュー記事も入っているのですが、志の輔師匠はそこで「私は従来の伝統のうえで言えば、特殊な育ち方をした落語家ですよね。まず二十九という遅い年齢での入門も特殊だし、入門した直後に師匠が落語協会を脱退して寄席に出られなくなったというのも特殊」と語っています。付け加えますと、師匠の出身地は富山県で、明治大学卒業後に劇団・広告代理店勤務を経験しています。そして29才で立川談志師匠に入門したため寄席の経験が全くないんですね。こういう師匠の経歴の特殊性が「志の輔ワールド」と称される「いまの風が吹いている」独特の噺の世界を創り出しているような気がします。

 昨夜の独演会では、会場は爆笑につぐ爆笑で、特に古典落語の「徂徠豆腐」を話した最後に、登場人物の学者先生のことを紹介して、彼が忠臣蔵でお馴染みの赤穂四十七士の吉良邸討ち入り後の処分を徳川政権に「切腹とすべし」と提案した荻生徂徠であるとし、なぜ彼が歴史上の有名人物となったか「ガッテンしていただけたでしょうか」と結んで会場にはひときわ大きな爆笑が起こりました。

 「徂徠豆腐」終了後、幕がいったん降りたのですが、会場では拍手の音が鳴りやまず、再び幕があがり、師匠は噺の途中で会場でケータイが鳴ったことを「困ったことですね」とちょっと苦言を呈し(そのときまたケータイが鳴り出したので、みんな苦笑い)、その後、東日本大震災の被害者を励ますための一本締めを会場のお客さんと一緒におこなってお開きとなりました。

inserted by FC2 system