十人十席の噺家の高座 
柳家喬太郎師匠と「転失気」

最近のことてすが、職場のある会議に出席したとき、配布された用紙のなかに「ICT」という見慣れない言葉が載っていました。会議のテーマから判断して情報技術関連のことだろうと推測はつくのですが、その言葉についての説明もなく会議は進行し、私自身は会議の間中ずっとこの正体不明の言葉が心に引っ掛かり続けながら、会議の他の参加者にとっては常識的な言葉なのだろうと思って質問することがはばかられ、会議終了後に慌ててインターネットの「IT用語辞典」でこの言葉の意味を調べました。

  「IT用語辞典」に拠ると、「ICT」とは「情報(information)や通信(communication)に関する技術の総称。日本では同様の言葉としてIT(Information Technology:情報技術)の方が普及しているが、国際的にはICTの方が通りがよい。総務省の『IT政策大綱』が2004年から『ICT政策大綱』に名称を変更するなど、日本でも定着しつつある」とのことですが、しかし私が用語の意味を調べるためにインターネットで利用した辞典の名前が「IT用語辞典」で「ICT用語辞典」ではないのですから、日本ですっかり定着した言葉とはまだ言えないのかもしれませんね。

  ただ、知らない言葉の意味をその場で質問せず、後でこっそりインターネットで調べている私自身の姿を顧みますと、まさにこれは落語世界の「転失気」の和尚さんだなと苦笑いしてしまいました。落語の「転失気」の和尚さんもお医者さんから「てんしきがおありかな」と聞かれて、その言葉の意味が分からず、後で小坊主の珍念を使ってその言葉の意味を調べさせていますからね。この和尚さん、いまの時代に生きていたらきっとインターネットで「てんしき」の言葉の意味を陰に隠れてそっと調べたに違いありませんね。

  それで改めて落語の「転失気」が聴きたくなったのですが、手許にこの噺が録音されているCDがありません。それでインターネットで調べましたら、 iTunesから有料で「三田落語会~これぞ本寸法!~ その29柳家喬太郎」でお目当ての「転失気」をダウンロードして聴くことができるようです。私は柳家喬太郎師匠の大ファンで、喬太郎師匠の話を録音したCDを何枚か持っていますし、今年の2月26日に鹿児島市の南日本新聞会館みなみホールで開かれた柳家喬太郎独演会にも聴きに出かけていますから、この喬太郎師匠の「転失気」もiTunesからダウンロードして聴くことにしました。

  この喬太郎師匠の「転失気」は、三田落語会の方では「これぞ本寸法」(昭和に名人と評された噺家たちの語り方や話の内容をできるだけ忠実に再現、真似したものという意味なのかな)の落語として聴いてもらおうとしたようですが、喬太郎師匠がそれを承知でより濃厚に喬太郎色に染め上げているようです。

  あるお寺の住職の和尚さん、立場上知ったかぶりをすることが多いのですが、診てもらったお医者様から「だいぶ良くなられましたね。近頃てんしきがおありになりますかな」と訊かれたとき、「てんしき」の言葉が分からないのに思わず「なかったと思います」と言ってしまいます。しかし気になった和尚さんは、お医者様が帰った後、小僧の珍念を呼び出し、厳かな調子で「てんしきを知っているかな。てんしきという言葉を前に教えたはずだが、忘れたら和尚にまた訊けばいいというのでは心に油断が生じる。自分で調べて自分の目で見てはじめて腑に落ちる」などともっともらしいことを言い、近くの花屋や石屋に訊きに行って借りて来なさいと命じます。渋る珍念に対して和尚さんは突然切れ出し、大声で「喝!」とどなって本性丸出しでヒステリックに叱りつけたりするのですが、その落差がとっても滑稽で独特の喬太郎色に仕上げられています。

  また小僧の珍念から質問された花屋も石屋も相手が子どもなのに知らないとは言えないと知ったかぶりをして、「床の間の置物にしていたが、田舎からやって来た親類があんまり褒めるものだから土産に持たせた」とか「一つは鼠が落として壊れてしまい、もう一つは味噌汁にして喰ってしまった」などと出鱈目を言うのですが、石屋の嫁さんなどは「てんしき」と聞いて即座に「荻野式」「劇団四季」を思い浮かべたりしており、石屋の主人に「今回の落語会は本寸法をコンセプトにしているのに大丈夫かい」などと心配させています。本格本寸法の落語会「三田会」の趣旨を逆手にとってのくすぐりですが、こういう言葉遊びも楽しいですね。

  小僧の珍念から花屋や石屋の話を聞いてますます謎が深まった和尚さんは、珍念にお医者様のところに薬を貰いに行き、そのときに「てんしき」の意味も訊くようにと命じます。珍念はお医者さんから「てんしき」の意味を教えてもらいますが、聞いた内容をそのまま正確に和尚さんに伝えるのは面白くないと思い、和尚さんを試すつもりで「てんしき」とは「盃(さかずき)のことだと教わりました」と伝えます。それを真に受けた和尚さんは、再び診察に訪れたお医者さんとの間で「てんしき」を巡ってトンチンカンな会話を交わし、そのために噺の聴き手の爆笑をつぎつぎと誘うことになります。

  さて「てんしき」とはどんな意味なのでしょうかね。博学多識なみな様のことですからきっとご存知のことと思いますが、もし知っておられないなら、間違っても周囲の人に訊くようなことだけはおやめになった方がいいと思いますよ。相手を戸惑わせたりして、いろいろ精神的負担をかけることになってもいけませんからね。ご存知ないときはぜひインターネットでそっと独りでお調べください。

鹿児島市の「柳家喬太郎独演会」の「お菊の皿」

 2016年2月20日に鹿児島市の南日本新聞会館「みなみホール」で開催された「柳家喬太郎独演会」では、喬太郎師匠は「お菊の皿」を高座で演じましたが、この有名な古典落語を喬太郎師匠風に独自にアレンジし、全身を使って大熱演し、会場は大爆笑につぐ大爆笑の嵐となって、なんとも楽しい一席でありました。 

 このお噺、町内の仲良し三人組が近所の隠居さんの家に番町皿屋敷のことを聞きに行くところから始まります。彼らが旅先の住人から江戸の番町皿屋敷の話を訊かれて、何にも知らないといったため馬鹿にされたとのことなので、隠居さんは彼らに詳しく解説しはじめます。

 番町に住んでいた青山鉄山という旗本がお菊という腰元に恋をしたという前半部分は古典落語通りに語られますが、鉄山がお菊さんに預けた十枚一組の皿の一枚が足らないことから、彼女を井戸の上に吊るして責めさいなむところから雰囲気が喬太郎師匠の独自世界が展開しだします。青山鉄山がサディスチックに責めさいなみ、お菊さんがマゾヒスティックにもがき苦しむサドマゾの世界を師匠が大真面目に熱演すればするほど会場の笑いの度合いは強まっていきます。

 仲良し三人組は怖いもの見たさで番町皿屋敷跡に出かけ、幽霊のお菊さんが六枚まで皿を数えたときに逃げ帰りますが、その噂は江戸中にあっというまに大評判となって広まり、沢山の人が詰め寄せ、一袋十個入りのお菊ちゃん饅頭(ただし実際に入っているのは九個のみ)が売り出されるほどの一大興業になったというところから、さらに喬太郎師匠の噺はヒートアップし、皿屋敷跡で昼夜二回開かれるお菊さんのライブショーでは、無数の火の玉が派手に炸裂し、レーザー光線が賑やかに交差するなかをスポットライトを浴びてお菊さんが井戸から登場し、すっかりその気になったお菊さんにも気合が入り、人気アイドルタレント顔負けの派手なジェスチャーで皿数えを始めます。この喬太郎師匠の大熱演に会場の観客の笑いも弾け飛び、幽霊のお菊さん演じるライブショーという不思議世界にみんなで一緒に参加している雰囲気となりました。

 この独演会で喬太郎師匠の「お菊の皿」という「狂太郎ワールド」とも言うべき一席に観客と一緒に大いに酔いしれることができ、大満足でした。


 

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