十人十席の噺家の高座  
三遊亭白鳥師匠の「エコ時そば」

 

三遊亭白鳥師匠の「エコ時そば」

 落語音源ダウンロードwebサイト「落語の蔵」に三遊亭白鳥師匠(1963年5月21日〜)の「エコ時そば」(2009年2月25日に西新宿ハーモニックホールで録音)が入っており、有料でダウンロードして聴くことができました。

 三遊亭白鳥師匠は新潟県上越市出身で、日本大学藝術学部文芸学科に進学し、在学中は落語研究会ではなく童話絵本研究会と空手部に入っていたっていたという変わり種です。小説家になりたいと思っていたところ、テレビで新作派として有名な三遊亭圓丈師匠の出ている番組を観て、自分で噺を創作する落語家もいることを初めて知り、弟子は取らないと言っていた圓丈師匠に3つの作品を持って行って入門を許されたそうです。

 白鳥師匠は、いま新作落語だけでなく古典落語をアレンジした噺でも人気を得ており、今回紹介する「エコ時そば」も有名な「時そば」という古典落語の噺の後半部分を大胆にアレンジしたものです。「落語の蔵」の「聴きどころ」によりますと、「佐渡島出身でエコロジーを唱えるという異色そば屋の登場です。しかしその実態は、どんぶりは建設会社のヘルメット、箸は骨拾いの鉄の箸です。肝心のそばは産業廃棄物のような恐ろしいもの。時事ネタなどのくすぐりもふんだんに取り入れられ、笑いっぱなしになることまちがいなし。座布団を使ってそば打ちを演じる前代未聞ぶり(音から想像してください)。サゲも佐渡島にひっかけた師匠オリジナルです。江戸小咄から続く、誰でも知っている噺を完膚無きまでに解体するさまは必聴!」とあり、ぜひ聴きたくなってダウンロードしました。

 さて、白鳥師匠は「エコ時そば」の枕の部分で 師匠が前座名「にいがた」と名乗っていた頃、寄席で一緒になった八代目古今亭志ん馬師匠に銀座の蕎麦屋さんに連れて行ってもらったときのエピソードを紹介しています。蕎麦屋に入ったとき、前座の「にいがた」がまず最初にカツ丼を注文したことに志ん馬師匠が「この田舎者がっ!」と怒り出し、「江戸っ子は盛り蕎麦だ」と言われるので仕方なく盛り蕎麦を註文したそうです。しかし、故郷でやって来たようにそばつゆに蕎麦をドボンと浸けて食べようとしたので、またまた志ん馬師匠が「無礼者!」と怒り出し、にいがたを横に立たせて「江戸っ子の食べ方を見ておけ」とそばつゆに蕎麦の先っちょをほんのわずか(何ミクロンと誇張)だけ浸けて食べる姿を見せたそうです。しかしこんなに江戸っ子にこだわっていた志ん馬師匠が九州小倉出身だったということを後で知ったと白鳥師匠が付け加えたので会場は大爆笑。

 白鳥師匠は枕の後半で、落語では噺に出てくる権助に「おらはなんにも知らねえ田舎者だから」と言わせているように田舎者を馬鹿にするので、自分の作る新作では田舎者に脚光を浴びせてやりたいと思い、それにいま注目されている環境問題、エコの問題をからめてこの噺を作りましたと言って枕を終わらせています。

  さて「エコ時そば」の本題に入りますと、前半は古典落語の「時そば」とほぼ同じ内容でポンポンと調子よく流れていきます。特に江戸っ子のお客さんが威勢よく蕎麦屋を褒めあげ、代金を払う際には細かい銭しかないと言って蕎麦屋に手を出させ、「ひー、ふうー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー」と声を出して数えながら、「おい蕎麦屋さん、いま何刻(なんどき)だい?」と時刻を訊き、「へい、ここのつ(九刻)で」と蕎麦屋が答えるので、その後さらに「とお、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と数え上げて素早く立ち去って行く場面には、「へえーっ、新潟生まれの白鳥師匠も意外と江戸っ子を演じるのが上手なんだ」と感心させられます(ただし、当たり屋という屋台の蕎麦屋さんは江戸っ子だというのに喋り方がなんだか村はずれの茶店の爺さんのような感じがしないでもないですけどね)。

 噺の後半では、時刻を訊いて一文ごまかした男を見て、自分も真似してみようと考えた男が登場して来ますが、この部分が白鳥バージョンにすっかり作り変えられており、枕で言っていたように田舎者に脚光を浴びせて、そこにいま注目されている環境問題、エコの問題をからめています。

 一文ごまかしのテクニックを傍で見ていて男が実際に自分もやりたいと思います。こいつは頭はボーッとしているくせにガメツイという奴なんですが、その後ずっと屋台の蕎麦屋を待っているにもかかわらず、いつまで経っても蕎麦屋はやってきません。それでも真夜中頃になってやっと一台の蕎麦屋の屋台が通りかかりましたので声を掛けましたら、「助けてください、助けてください」と屋台の親父が逃げ出そうとします。不審に思ってその理由を尋ねると、「北朝鮮の工作員でしょう」と意外な返事をするので、「古典落語にそんなものが出てくるか」と言うと、親父の方が「えっ、いまのは古典落語ですか」と驚きます。ムカッとした男が「雲助(五街道雲助)師匠に習った通りにやってんだ」なんて出鱈目なことを言うものですから会場のお客さんは大笑いします。

 白鳥師匠のくすぐりはどんどんエスカレートし、男が「今日は寒いね」と言うと、蕎麦屋の親父は「世間の風当たりと比べたらあったかいです」と返事し、「失業率は増加するし、外国人犯罪は増えるし、いっ平が三平を襲名するし……」なんてことまで言い出します。三平襲名は御目出度い話じゃないかと男が言うと、「世間の風当たりがどれだけ強いことか、それを考えると背筋がぞっとします」と言いますから、会場のお客さんは大爆笑。なお、林家いっ平が林家三平を襲名したのは2009年3月21日のことで、白鳥師匠がこの「エコ時そば」を高座で話している時は世間で林家いっ平が林家三平を襲名することが話題になっていた時期ですから、こんな楽屋落ち的なくすぐりで大爆笑をとったのだと思います。

 なお、白鳥師匠はこの林家三平襲名披露の話題をネタにして「真夜中の襲名」という新作落語を作っています。この噺は、上野動物園のふれあい広場のパンダウサギのピョンキチが「カンカン」という大名跡を襲名したいと思っていたのですが、ジャイアントパンダのトントンがすでにその「カンカン」という名前を襲名することが決まっていると聞いて驚くというものです。その噺の枕で「近く落語界で大きな名前を襲名する大きなイベントがあります」が「国技館を借り切って無料で招待するというのですから、そんなに自信がないのでしょうか」とか「ずらっと有名人が参加し、その人たちを目当てに客が行き、周りが明るい電球ですと本人がローソクなので暗くて分からなくなるのでは」などとギャグを飛ばしてお客さんを大爆笑させています。

 さて、「エコ時そば」の噺に戻しまして、男は前の一文ごまかし男の真似をして、蕎麦屋に「どうだい景気は」と訊きますと、アメリカのサブプライムローンがどうの、外食産業がどうのと言いだし、こんなことなら江戸に出てこなければよかったとこぼし出します。蕎麦屋の話だと、彼は新潟は佐渡の生まれだとのことです。私は蕎麦屋の親爺が佐渡島出身と聞いて、同じ佐渡島で曽我ひとみさん母子が北朝鮮の工作員に拉致されており、蕎麦屋の親爺がなぜ北朝鮮の工作員を怖がるのかと最初は首をかしげていたのですが、ここでなるほどと合点いたしました。

 蕎麦屋の親爺の故郷が佐渡島と聞いた男は、故郷の人は心が暖かいのだろうと言いますと、蕎麦屋は「ハートフルアイランド佐渡島」の宣伝を始め、一万円で雲丹と蟹の食べ放題ツアーがあるから行かないかと男を誘います。しかし、よく話を聞くと、新潟の東港からフェリーで佐渡島に出発し、日本海の荒波のなかを運行しているうちに乗客は全員酷い船酔いになり、佐渡島に到着した時には食欲は全くなくなっており、何も食べないで帰るということです(勿論、白鳥師匠流のホラ話だと思いますが)。

 男は呆れてしまいますが、なんとか佐渡島のことを褒めなくてはと考え、佐渡島の自然はきれいなのだろうと蕎麦屋に訊きますと、「子どもの頃は珍しい鳥や動物が住んでおり海はきれいだった」が、その後、公共事業やゴルフ場建設などで島は荒らされ、海には土砂が流れ出し、美しい自然は破壊されたと嘆き、いま地震や洪水がさかんに起こっているのは地球を痛めつけていることに対する反抗なのですよと言い出します。そして「これから人間が地球の上で生きていくためには環境問題を考えないといけないと思い、この屋台の理念も『地球にやさしく』でございます」と言うので、それを聞いた男は「トヨタみたいなことを言ってるな」と大いに驚き感心します。こんな蕎麦屋の屋台の行燈(あんどん)には二匹のサイがくるくる回ってダンスを踊っている姿が描かれており、蕎麦屋の親父が「リサイクル蕎麦屋でございます」(く、苦しい;)と自慢げ(?)に紹介します。

 そんなことを話しているうちに蕎麦が出来上がってきますが、添えられている箸は金属製で、よく見ると「南妙法蓮華経」と書かれており、蕎麦屋の親父が「蕎麦はそばでも火葬場のそば」の箸だとその正体を明らかにします。黄色いドンブリらしきものには緑の十字架マークと安全第一」の文字が印刷されており、その横に「鹿島建設」とか「大成建設」なんて巨大ゼネコンの社名も入っています。どう見ても工事用ヘルメットのようです。蕎麦の出汁(だし)は白濁しており、風呂の残り水だそうで、肝心の蕎麦は蕎麦粉にリンゴの皮やお茶がらにペットボトルを粉砕した白い粉を混ぜ込んだものとのこと。うーん、リサイクルというよりまさに産業廃棄物そのものですね。

 それでも男は蕎麦屋が出したものをなんとか我慢して呑みこみ、その代金を支払うときに前の男のやったように蕎麦屋に手を出させ、「ひー、ふうー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー」と声を出して数えながら、「おい蕎麦屋さん、いま何刻(なんどき)だい?」と時刻を訊きます。ところがリサイクル蕎麦屋は質問の意味が分からないのか「えっ、なんでございます?」と訊き返して来ます。男は苛立って「刻(とき)だよ、とき。おまえは日本人か? 日本のときだよ」と言います。

 さて、ここでみなさんに質問です。佐渡島生まれのリサイクル蕎麦屋はこの男の質問になんと答えたでしょうか? ヒントは、代金をごまかそうと思った男がその答えのためにかえってかなり損をしてしまうことになります。この落ちに私は思わず「上手い」と拍手してしまいました。

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